伝わるまで、実現するまで、何百回でも何千回でも伝えていくということ

ようこそ。

昨日は親族と久しぶりにゆっくり話をする機会があり、ボリューミーになるし、普段は避けがちな話題である、「自分がどんな活動をしていて、どんなことを大事にしていて、その実態はどんなもので、これからにどんなことを見ているのか」ということを話せました。

「避けがち」なのは、自分の課題なのだけど、なぜ避けがちになるかというと、
「あなたが何をやっているか、人になかなかうまく説明できない」と言われることはよくあるのだけど、

「あなたのことがわからない」という矢印を向けられ、その状態で、自分とつながりながら、
“自分の真実を、情熱をもって、相手に伝わるように話す”というのは、
なかなかのエネルギーを使うのと、未熟な自分にとっては、まだまだ少ない“ネガティブケイパビリティ”

自分が、不安や怒りや落ち着かなさなど、不快な領域の感覚を持ちながらも、それを保留してそこにあり続けるための資質

を総動員し、全神経を集中させて相手の前に座り、相手の話を受け止めた上で、相手が耳に入れやすい言葉を使いつつ、自分の真実を歪めない形で、「このことが本当に私にとって大切なんです」という情熱を持ちながら話す、ということだから、つい避けがちになります。

そうまでしながら、相手が本当に分かってくれるか分からないし、話を最後まで聞いてくれるかすら分からないし、
それはとても“無防備”な行為で、だからそれを避けられるなら避けたいと、体が逃げてしまっているのだと思います。

親族であるからこそ、距離は近いはずなんだけど、普段生きている場所や時間が異なるから、“体験していること”や“世界の見え方”が随分と異なることはごく自然なことで、より一層、こうした話をすることが、チャレンジングに感じます。

とはいえ。

「人から受けた指示に応え続けることで生きていく」のではない道を選択し、生きていこうとする時点で、親族であってもそうでなくても、「あなたの言っていること、やっていることがわからない」という人は、世界の中に五万といるわけで、
近い文脈を深く共有できている人以外であれば、“わかってもらう努力をしなければ、自然とわかってもらえているなんてことは起こらない”わけで、

自分が願っている世界の姿があり、
そのために、自分が大切にしていること、実践していることを伝え、分かち合っていこうとするならば、
それを本当に成したいと思えば思うほど、
今回のように、“親族にチャレンジがありながら伝える”に近いかそれ以上の難易度の機会は、何百回でも何千回でも訪れるのだろうし、訪れなければ、逆にそれは「本当に起こそうとして動き続けていない」ことのあらわれでもあるのではないかと思います。

勇気をもらうとともに、背筋が伸びる話として、大好きな映画「ザ・グレイテスト・ショーマン」が生まれた背景の実話。

監督マイケル・グレイシーは、あの映画を世に現すために、関係者にプレゼンをしてまわった。
主演ヒュー・ジャックマンより上手に主人公バーナムを演じ、美しいコンセプトアートと共に、45分で物語を語り尽くした。
その時点で出来上がっていた3曲を流す間に映画の説明を終えていた。
それを1000回もやってのけた。
プロデューサー、音楽家、スタジオ幹部、俳優・・・
映画に協力してほしい人全員にプレゼンしていた。
45分後、協力を断った人は一人もいなかった。

(ヒュー・ジャックマン インタビューより)

あの映画自体、
世界になかったエンターテインメントをバーナムという男性が思い描き、はたらきかけ、現実にし、何度も失敗してそれでもはたらきかけ続けることで、史上最大のエンターテインメントを作ることができた、という実話を元にしたストーリーですが、
その映画を作るプロセス自体にも、同じような生きたストーリーがあったんですね。

同じ話を何度もするのって疲れるなぁと思ったり、話してる自分が変な感じがしてくる体験をした覚えがありますが、それは全く甘くて、
本当に願うことがあり、それを本当に実現したいのであれば、何度でも何度でも伝えることは、人と一緒に何かをしようとするのであれば、当たり前に必要なことなのだなぁと思います。

今回の親族との話はもちろん、逃げずに真っ向から自分の真実を伝え、そうだったのか、といくつものことをわかってもらえた感覚があります。

もちろん、伝えるからには最大限分かりやすく、「自分にとって本当に大事なことなんだ」ということと、
そのことをこの社会システムの中でやっていく以上、経済的な持続性は当たり前に大切で、そのことも当然高い重要度を持って考え続け、試み続けている、ということも添えています。

そして、そのつもりだと伝えるだけでなく、本当にそれを、自分の創造性の全てをはたらかせ、活力を持った探究のプロセスの中として、

「追い詰められて、どうしよう」というステート(気持ちや体の状態)ではなく、

「作品を創る時に、細部まで、審美眼とこだわりを持って表現する」ような心と体で、創作の魅力に動かされて、取り掛かり続けるフローをつくり続けています。

その中では、自分にとっては、自分の中のインスピレーションや構想を“言語化”することがとても重要に感じられていて、そこに取り組み続ける、昨年から今です。

そこで収穫したもの、磨いているもの、星座のようにみえてきたものを伝え、一緒に磨いていけるような学びのコミュニティを仕掛けたいと構想しています。

近くリリースします、響くものがある方はぜひ共にしましょう。まずは少人数で一定の期間、確かな実践を通して、確実に資質を育む機会をつくろうと思います。

ウェルカム!

写真も。新年の、珍しい夫婦ふたりでの記録。移住する小浜(おばま)にて。息子は逃げちゃった。素敵な友人・あや (Aya Inoue) が撮ってくれた。めっちゃ嬉しい写真ありがとう!小浜の雑貨屋「こまものや沖玉」は我が家の癒やしの空間。
https://www.facebook.com/komamonoyaokitama/

あと、素敵な友人2・こずちゃん (Kozue Ohnishi) が新年のカットをしてくれて、オシャレヘアにシフト(笑)自分では選んでこなかったけど、人からもらえるエネルギーって本当にすごい。いつも楽しいカットありがとう!
https://www.facebook.com/conahair/

ちなみにふたりは同じ場所でお店を開いています。小浜の素敵空間。

また会いましょう。

この記事を書いた人

Seita
Seita
ひとつまみの希望 主宰 oiwai.life
Life Embody Facilitator & Writer

仕事として、NVC等のトレーナー、コミュニティビルディング、会議ファシリテーター、組織のビジョニング、企業研修(共感能力開発、言語化能力開発、チームビルディング等)。WEB制作、ライティング。
Life Workとして、鹿児島中央助産院の支援、夫婦ブログの運用。家族クラウドファンディングプロジェクト・「星の家」挑戦中。


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