文章を書くとき、それを紡ぐベース・素材になる“知識や考え・感覚情報”が、書こうと思っている内容の何倍も必要。

【 文章を書くとき、それを紡ぐベース・素材になる“知識や考え・感覚情報”が、書こうと思っている内容の何倍も必要。】

こんにちは。鹿児島は数日ぶりの晴れ。気分も調子も違う感じがします。

昨日書いたことの続きというか、

「もうほんと、ひとりひとりが超貴重な存在で、そこから生まれる試みは、社会のこれからにとって超重要だから!」

というところへと向かうお話です。

「ひとりひとりがなぜ貴重で、その集まりである生きたコミュニティがなぜ大切か」というお話は、先月登壇させていただいた“鹿児島100人カイギ”で熱っぽくお話させていただきました。

その貴重な私たちが、生きてくる中で育んだものを響かせて試みていくために、「言葉にすること」は、やっぱり大切です。
「言語化」といった領域になるかと思います。

「言葉にしようと思うときには、それを紡ぐベースになる“知識や考え・感覚情報”が、書こうと思っていること以上に必要」だと思っているのですが、
「ずっと考えていたことが、ようやく言葉にできた、すっきり!」みたいなことってありますよね。
たくさん考え、感じ続けたことで、それを言葉にする準備ができた、みたいな。

言葉、文章、そして「何かやってみようと行動をすること」でも同じで、その行動のための“知識や考え・感覚情報”が、その行動以上に必要です。
きっと、なにかを表現すること、“アウトプット”と言われる全般にも言えると思います。

ネット上のHPを想像してみるとわかりやすいかもしれません。

実際に目にするHPの内容ができるためには、

その事柄を形にしようという最初の思いつきがあり、
どんなものにしようかというビジョンがあり、
なにをどこまで言葉にして、どこまでを掲載しようかと考えられていて、
レイアウトや色使い、どんな言葉遣いをするか、どんな画像を入れるかということも考えられて、配置されています。
たぶん、もっともっといろんな要素が関わって、形になっています。

ごくごく当たり前の話だけれど、
実際に目にする形になる土台に、それよりずっとたくさんの知識や考えといった情報があります。

“一つの表現としてまとまり”を感じられ、
“自分の中にある情熱やビジョンが伝わるもの”になるには、それなりの知識や思考量が必要だということです。

文章や行動やHPを考えたときにも、結構な量の知識と思考量です。

これを、個人事業やフリーランスという小さいところからでも、
年間を通して行動をして、そこでお金も生み出していこう、という意図を持つとすれば、
そこに必要となる知識や思考量や、それを続けるための努力量というのはやっぱりそれなりに必要なのだと思います。

考えてみれば、ごくごく当たり前の話にも聞こえるのですが、
僕達は育ってくる過程で、自分で考えて生み出して構想を立てるといったことをほとんど学んでこなかったので(少なくともぼくたち世代は)、

「やるべきことを与えられてそれをこなすこと」には慣れ親しんでいるのですが、
「何もないところから自分の行動の源泉になるようなビジョンや構想を思い描くこと」には慣れていないことが多いのだと思います。

“氷山の一角”という表現がありますが、
海の中から頭を出している氷山は、そうやって見えている部分よりも、“海の中にあって表から見えていない部分”の方がずっとずっと大きいというやつですね。

「自分の行動」や「サービス内容」や「年間の計画」といったものが氷山の一角だと思うと、
それが現われるためには、それよりずっとずっと多くの知識や思考量や、それを組み立てるための時間とエネルギーが必要になる、というイメージが湧きやすいかもしれません。

時間とエネルギーには限りがあります。
その中で、自分が日々どんな情報をどれぐらい得る選択をし続けるか。

そうして感じたことを、
生まれては消えていってしまうものにするのではなくて、着実に蓄積してどれくらい使えるようになっているか。

まだ形になっていないもので、
自分の中にも“エッセンスの状態”でしかないものを、
“実行可能”なものにして、
だんだんと時間をかけて、そして長い時間をかけて、ようやく形になっていくもの。

そこにしかない、自分の表現や、生業になるための土台となるアイデアや構想を、書きためて、積み上げて、シナジー(相乗効果)をかけあわせて、
そしてそれを実際の時間軸の中に当てはめているか。

それらがあるからこそ、
迷いなく日々の中で自分が行動をできて、
それが少しずつ積み重なって、つながってつながって、思ってもみなかったような未来に進んでいるのだと思います。

個人のやりたいことや、事業を形にしていくという意味でもいえるし、
集団的に抱えている課題に取り組んでいこうとしたときにもいえることだと思います。

今すでに、自分がしていることや、集団がしていることが起きているのは、
それを起こす土台となる考えや情報が、膨大にあるからです。

それは、ずっと積み重ねられてきた文化や法律、「社会とはこうあるもの」といった信念などが土台にあり、
その情報量たるや巨大なので、それが、世界の今をつくっているということなのだと思っています。

その世界の今を、また“違ったもの”にしていこうとするには、
その“違ったもの”の土台となるような考えや情報を、今あるそれ以上の影響力を持ったものにしていく必要があるのだと思います。

そのためには、
まずは個人個人がそこに取り組むこと。
そして、それだけではもちろん足りなくて、つながって、シナジーを生み出して、共に取り組んでいくことが必要です。

そういうわけで、
数十年生きている中で、世界にそこにしかない感覚体系を持ったあなたが、
日々感じていることややりたいと思うこと、アイデアを、
浮かんでくるだけでは、やがて流れていってしまい得るものを、
その手で掴み取って世界に届けてくれることを、
心から待ち望んでいます。

世界が待ってる!

この記事を書いた人

Seita
Seita
ひとつまみの希望 主宰 oiwai.life
Life Embody Facilitator & Writer

仕事として、NVC等のトレーナー、コミュニティビルディング、会議ファシリテーター、組織のビジョニング、企業研修(共感能力開発、言語化能力開発、チームビルディング等)。WEB制作、ライティング。
Life Workとして、鹿児島中央助産院の支援、夫婦ブログの運用。家族クラウドファンディングプロジェクト・「星の家」挑戦中。


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